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京都地方裁判所 平成11年(ヨ)158号 決定 1999年5月27日

債権者

瀬戸俊康

右債権者代理人弁護士

中村和雄

遠藤達也

債務者

嵐山タクシー株式会社

右代表者代表取締役

水野勝

水野勝重

右債務者代理人弁護士

植松繁一

鈴木治一

主文

一  債権者が債務者に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、金八〇万三八〇〇円及び平成一一年六月から第一審判決言渡しに至るまで、毎月二七日限り月額二〇万九五〇円の割合による金員を仮に支払え。

三  債権者のその余の申立てを却下する。

四  申立費用は、債務者の負担とする。

理由

第一申立て

一  債権者

1  主文第一項同旨

2  債務者は、債権者に対し、平成一一年二月から本案判決確定に至るまで、毎月末日限り金二五万三六八〇円を仮に支払え。

二  債務者

本件申立てを却下する。

第二事案の概要

本件は、債務者(以下単に「会社」という。)の従業員(タクシー運転手)であった債権者(以下単に「瀬戸」という。)が、会社がユニオン・ショップ条項に基づいてした解雇を無効として、従業員の地位の保全と賃金仮払いを求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  会社は、一般乗用旅客自動車運送を業とする株式会社である。

2  瀬戸は、昭和六一年一二月六日、会社にタクシー運転手として採用され、平成一一年一月二二日に会社から解雇の通知を受けるまで同社のタクシー運転手として稼働していた。

3  瀬戸の入社当時、会社の従業員は、嵐山タクシー労働組合(平成一一年一月一日現在の組合員総数一二七名)を組織し、会社との間で、会社は、(一)労働者新規採用に当たっては、労働組合員であるかどうかにかかわらず採用できるが、一度採用した者でも、一定期間内に組合に加入しなければ解雇しなければならず、また除名あるいは脱退等により組合員資格を失った者についても解雇すべき義務を負い(以下「本件ユニオン・ショップ条項」という。)、(二)組合員である従業員に会社が支払わなければならない賃金の中から、組合費その他組合の組合員からの徴収金を控除して組合に渡すべきこと(以下「本件チェック・オフ条項」という。)を内容とする労働協約を締結していた。

瀬戸は、会社に採用されると同時に嵐山タクシー労働組合に加入した。

4  瀬戸は、組合活動に力を注ぎ、当初は一組合員として、次いで平成三年二月から同六年一月までの約三年間、そして約四年間のブランクを経て、平成一〇年六月から同一一年一月九日組合員多数によってリコール(解職)されたとして解任通告を受けるまでの約半年間(第二三期執行部)、嵐山タクシー労働組合の執行委員長として、会社に雇用条件や福利厚生の改善を積極的に求めてきた。

5  瀬戸が、嵐山タクシー労働組合の執行委員長職をリコール(解職)されるに至った経緯は次のとおりである。

(一) 平成一〇年六月、第二三期嵐山タクシー労働組合執行部の執行委員長へ立候補したのは、第二二期執行委員長であった向井成美(以下「向井」という。)と瀬戸であったが、瀬戸が多数の支持を得て執行委員長に選出された。

(二) ところが、第二三期執行部成立後程なくして、瀬戸は、副委員長中塚進らが瀬戸を無視して、会社と直接交渉しているということを主たる理由として、中塚及び中央委員堤芳夫を組合統制を乱すものとして解任したところ、これに批判的な書記長石川良幸や会計監査吉川恒夫らも執行部役員を辞任するに至り、第二三期嵐山タクシー労働組合執行部役員の半数が欠けてしまった。そこで、向井や中塚進らは、右処分や執行部役員の欠員状況を問題として「嵐山タクシー労働組合正常化推進委員会」(以下「正常化推進委員会」という。)を結成し、組合員総数三分の二を超える署名をもって解任の理由を明らかにすることを求めて「臨時組合大会」の開催を要求した。

(三) しかし、瀬戸は、嵐山タクシー労働組合機関紙「嵐報」に「年末年始の慌ただしい中、組合員の皆さんに執行部内の内部紛争による、ご迷惑をお掛けするような説明会は開きません。執行部の欠員の補充は致しません。現役員が一丸となって残り任期、第二三定期大会まで頑張ります」との一文を寄せただけで、「臨時組合大会」を開催せず、解任や辞任で欠けた半数の執行部役員の選任も行わないことを宣言した。

(四) そこで、「正常化推進委員会」は、右事態を瀬戸の組合の私物化として批判し、会社に対して、組合の民主的な運営がなされるに至るまで、組合員約八〇名の要請として、チェック・オフを止めるよう申し入れた。

(六)(ママ) これに対し、瀬戸は、各組合員に対して、(1)本件チェック・オフ条項及び本件ユニオン・ショップ条項の存在を示して「組合員は組合費を支払う義務がある。その義務を履行しなければ組合から除名されかねない。」「組合を除名されれば、会社は、本件ユニオン・ショップ条項に基づいて解雇せざるを得ない。そうなれば、正社員の地位はなくなり、働けるとしてもせいぜいパート職員ということになる。」旨のビラを配付するとともに、(2)組合が毎年恒例として各組合員に配付している「お年玉」(五〇〇〇円。なお、通例として、会社もこれに一定の金員を拠出していた。因みに会社の平成一一年の拠出金は一人当たり三五〇〇円が予定されていた。)は、あくまで組合員に限って配付さる(ママ)べきものだから、組合費を支払わない者は即ち非組合員に他ならず、これらチェック・オフ中止を会社に申し入れた者には、組合恒例の「お年玉」は配付できないとして、会社に、右チェック・オフを止めるよう申し入れた者の氏名を明らかにするように求めたが、会社はこれを拒否した。

(七) 「正常化推進委員会」は、組合が恒例の「お年玉」をチェック・オフ中止を会社に申入れた組合員らに配付しようとしないので、「正常化推進委員会」自らが「お年玉」を配付すると宣言するとともに、嵐山タクシー労働組合規約七条三項に基づいて、瀬戸を委員長職からリコール(解職)する署名活動を開始し、九二名の賛成署名が集ったとして、平成一一年一月九日、同日付け「不信任告知」と題する書面をもって、リコールが成立した旨を瀬戸に通告した。

6  平成一一年一月一二日、「正常化推進委員会」を構成する向井らは、嵐山タクシー労働組合の「臨時定期大会」を開催し、向井を執行委員長とする代理執行部を発足させ、直ちに、瀬戸に対して(1)組合事務所の明け渡しと(2)瀬戸が既に配付済みの「お年玉」の返還を求めるに至った。

7  瀬戸は、右(1)組合事務所の明け渡しには応じることにしたが、(2)の「お年玉」の返還には応じなかった。

8  平成一一年一月二一日午後二時三〇分ころ、瀬戸は、自らを執行委員長とする嵐山タクシー第一労働組合を結成したとして、会社に、「今般、嵐山タクシー第一労働組合を結成しましたので、届出いたします。平成一一年一月二一日嵐山タクシー株式会社社長水野勝殿 嵐山タクシー第一労働組合執行委員長瀬戸俊康」との記載のある「届出書」と題する書面を封筒に入れて糊付けし、会社の事務所に出向いて、これを社長に手渡すよう申し添えて事務所の者に手渡した。

9  同日午後五時三〇分ころ、瀬戸は、里村健男、新川和雄、桐山圭子、田中重治、玉口美代治、田口裕久、白井邦子、荒井啓介、永井軍治、道下利一、山下雄三、小野正、小野仁、吉田健次及び谷舗幸雄らの名前の記載のある脱退届とともに、自ら署名した脱退届を嵐山タクシー労働組合(向井代理執行委員長)宛に提出した。

10  嵐山タクシー労働組合(向井代理執行部委員長)は、右脱退届を受けとるや、会社に対し、直ちに「今般、瀬戸俊康氏本人から、嵐山タクシー労働組合に脱退届が提出されました。組合としては執行委員会の協議の結果、平成一一年一月二一日を以って受理しました。尚、労働協約第三条(ショップ制)に則り、瀬戸俊康氏本人は組合員の資格がなくなりました。協約に基き解雇されることを要求致します。」との書面をもって、本件ユニオン・ショップ条項に基づき、瀬戸を解雇するように要求した。

11  平成一一年一月二二日午後四時、会社は、代理執行部役員の立会いのもと、瀬戸に対し、同日付「通知書」と題する書面をもって「この度、あなたを労働協約第三条の規定により、平成一一年一月二二日付をもって解雇いたします。なお労働基準法第二〇条に基づく解雇予告手当金弐拾萬九百五拾円については、一月二二日以降当社事務所にてお支払いいたします。午後三時までにお越し下さい。」との通知を行い、瀬戸を解雇(以下「本件解雇」という。)した。

二  争点

1  本件解雇は、本件ユニオン・ショップ条項に基づく解雇として有効か。

(債権者の主張)

(一) 瀬戸が、平成一〇年第二三期の執行委員長にカムバックした理由は、四年程前に、瀬戸が労働条件や福利厚生の向上を目指して積極果敢に会社と交渉して、それなりに成果を上げてきたにもかかわらず、その後執行部を構成した向井らは会社の言いなりとなり、組合員の切実な要求に耳を傾けない状態となったので、再び止むに止まれぬ気持ちで労働環境・労働条件の改善を目指して立候補したものであり、組合員多数の支持を得て当選した。

(二) 本件解雇は、一方では、瀬戸が嵐山タクシー労働組合の執行委員長として労働組合として正当な要求を会社に突きつけ、何かと会社の運営に注文を付けてきた瀬戸が再び執行委員長として積極的な組合活動を開始したことを迷惑がった会社が、瀬戸が嵐山タクシー労働組合に脱退届を出したことを奇貨として、本件ユニオン・ショップ条項を楯に瀬戸を会社から排除しようとしたもので、その実質は、労働者が労働組合の正当な行為をしたことの故をもってなされた解雇といわざるを得ず(労働組合法七条一号参照)、他方では、瀬戸が会社の言いなりにはならない嵐山タクシー第一労働組合を結成したことに不安を抱いた会社が、その積極的な活動家を除去し、新ら(ママ)しく結成された労働組合を弱体化させる意図で、その執行委員長である瀬戸を解雇したものであるから、労働組合への支配介入であり(同条三号参照)、そのいずれであるにせよ不当労働行為に該当するもので、解雇権の濫用として無効である。

因みに、瀬戸が精力的に会社と交渉して実現させた組合要求は、(1)六〇歳以上の従業員の長期安定的雇用期間の確立、(2)業務終了後の洗車場を四台分から二〇台分への拡大、(3)車両の乗車しやすい装備(パワステ)への変更、(4)通勤車両のため会社の負担によるガレージの借り入れ、(5)社会保険加入希望者の加入実現、(6)パート乗務員の正社員への登用などがある。

(三) なお、嵐山タクシー第一労働組合は、瀬戸の指導のもと、労働者としての権利と利益を擁護するにふさわしい労働組合の結成を目指した結果成立したものであり、その結成経緯は以下のようなものであった。

(1) 平成一一年一月一二日、向井らが臨時定期大会を開催し、向井を代理執行委員長に選出したが、向井には、およそ組合員の切実な要求をまともに受け止める能力はなく、会社に労働者の正当な主張を正面から主張できないことから、瀬戸は、労働者の権利と利益を擁護するためには、新ら(ママ)しい労働組合を作る以外に方法はないと判断した。

(2) そこで、瀬戸は、心を同じくする者を糾合して新しい労働組合を結成することを決意し、会社や会社に従順な嵐山タクシー労働組合からされるであろう様々な妨害を避けるため、組合結成を隠密裡に行うことにした。また、従業員は殆どが昼夜を分かたず、タクシーの乗務員として不規則な時間的拘束の下にあることから、呼びかけに賛同した者が一同に会して協議を行うことが困難であることなどの種々の制約のもと、瀬戸が中心となって、会社の近くにある喫茶店「エリー」(京都市西京区<以下略>所在)を主たる拠点として、時間が許す者はそこに三々五々集うことで、組合結成の協議を断続的に行い、ほぼ二〇名の参加者と新しい労働組合の運営方針が、徐々に固まっていった。

(3) 平成一一年一月二一日午後一時から前記「エリー」で組合結成大会を開催した。

<1> 出席者は、瀬戸を初めて(ママ)として、里村健男、新川和雄、桐山圭子、田中重治、玉口美代治、田口裕久、白井邦子、荒木啓介、永井軍治、道下利一、山下雄三、小野正、小野仁、吉田健次及び谷舗幸雄の一六名であった。

<2> この組合結成大会で、瀬戸が、各人に前もって提案していた嵐山タクシー労働組合の規約を参考に適宜訂正した組合規約を新組合の規約とするという方針が特段の異議なく了承され、新執行部として、執行委員長に瀬戸、副執行委員長に里村健男、書記長に新川和雄、執行委員に田中重治、中央委員議(ママ)長に玉口美代治、中央委員に田口裕久、会計に白井邦子がそれぞれ選出された。

(4) 同日午後二時三〇分、瀬戸は、会社の事務所に赴き、会社の管理職である安田及び平井に新組合結成届を手渡した。

なお、会社事務所を退出したところで、会社の取締役川崎憲明に出会ったので、新組合結成の事実を口頭で川崎に告げた。

(5) 同日午後五時三〇分、瀬戸は、嵐山タクシー労働組合宛、嵐山タクシー第一労働組合員全員の脱退届を提出した。

(債務者の主張)

(一) 瀬戸は、本件解雇が必至となるや、本件ユニオン・ショップの適用を回避して何とか解雇を免れるため、労働組合としての実態(ママ)が全然ないにもかかわらず、労働組合を結成したと称するに至った。

即ち、瀬戸は、自ら本件ユニオン・ショップ条項で、組合員を統制しようとしたが失敗し、却って、恣意的な組合運営と非民主的な措置を講じる独裁的な運営に対して大多数の組合員から厳しい反感を買い、組合規約に基づいて執行委員長の職をリコール(解職)され、更に、会社からも社長宅周辺でのマイクを使った示威行為などを行ったことにより懲戒処分を受けるなどして四面楚歌の状態に陥り、従来にも増して多数の組合員からの厳しい批判が続くなか、「お年玉」返還についても嵐山タクシー共済会から調停まで申し立てられたのに裁判所に出頭すらせず、全く責任ある対応を欠き、このまま嵐山タクシー労働組合員として在籍することは難しくなり、手を拱いていれば、早晩、嵐山タクシー労働組合によって除名等の処分もされかねず、組合員資格を剥奪されれば解雇は必至という状況のもと、何とか解雇を免れるための手だてはないか思案の末、「ユニオン・ショップ協定のうち、締結組合以外の他の労働組合に加入している者及び締結組合から脱退し又は除名されたが他の労働組合に加入し又は新たな労働組合を結成した者について使用者の解雇義務を定める部分は無効である。」との判決例をヒントに、あたかも新組合を作ったように見せかけて、本件ユニオン・ショップ条項の適用を免れようと企んだものである。

しかしながら、ユニオン・ショップ協定締結組合からの脱退者が、脱退後、他組合に加入したり、新組合を結成した場合に、右協定の適用が否定され、解雇が無効になるのは、ユニオン・ショップ協定に基づき使用者に対し解雇を要求する時点において、新組合の成立がなされていたか否かによって決定さるべきであることはつとに判例となっている(例えば、水戸地方裁判所昭和三二年九月一四日判決判例時報一三六四号二三三頁以下参照)。

(二) 嵐山タクシー労働組合が会社に瀬戸の解雇を本件ユニオン・ショップ条項に基づいて要求した時点は勿論、本件解雇時においても、嵐山タクシー第一組合が設立されていなかったことは、以下の事実から明白である。

(1) 瀬戸は、平成一一年一月二一日午後一時から組合結成大会を開催したと主張しているが、組合結成趣意書もなければ、結成参加への呼びかけ状もなく、本件申立てに際して、結成大会の議事録の提出すらできないでいる。

労働組合の結成は、労働組合を作ろうという意欲に燃える労働者が発起人となり、賛同者とともに結成準備委員会が作られ、組合規約原案、構成員資格などが協議され、次いで結成趣意書などの配付となり、参加の呼びかけが行われ、最後に組合結成大会が開催され、組合規約の承認・構成員の確定、組合役員の選出というプロセスの完了によって労働組合という団体が出現し、これを相手方たる使用者に通知することで対外的に認知されることになる。

瀬戸の主張する嵐山タクシー第一労働組合は、これらの手続が全くなされていないのである。

(2) また、瀬戸が、組合結成大会に参加していたと主張する者の中には、桐山圭子、白井邦子、吉田健次など就業(タコメーターで乗務中であること)中の者が含まれており、これらの者の出席はありえない。

(3) また、他の出席者とされている里村健男、新川和雄らは、会社の質問調査に対して、嵐山タクシー第一労働組合の規約など議したこともないと答えている。

そもそも、組合結成大会において司会・進行役をつとめたと陳述する玉口美代治は、どのような大会宣言をしたか記憶もなく、規約については、たたき台にした嵐山タクシー労働組合の規約の変更を必要とするところに限って協議したと主張し、ユニオン・ショップ条項が協議されたことを記憶している旨主張するが、新規約においてはユニオン・ショップ条項は全く変更されておらず、変更をする条項について組合結成大会において議論になったということ自体が事実ではないことを示しているばかりか、田中重治の陳述によれば、規約は嵐山タクシー労働組合の規約どおりにするということで修正の話は全くなかったとのことであり、組合結成大会に出席したという者の間において、大会でなにがなされた全(ママ)然食違う状況が語られており、このことは、組合結成大会それ自体が開催されていなかったことのなによりの証左である。

(4) そもそも、嵐山タクシー第一労働組合の規約なるものは、組合事務所を会社内に置くとかユニオン・ショップ条項を規定するなど、端的に言って嵐山タクシー労働組合の規約の引き写しであり、会社との合意がなければ不可能なものをその内容としており、その前提としての会社との事前協議はなされておらず、嵐山タクシー第一労働組合の規約なるものがおよそ組合結成大会に提案できるような状況で準備されていなかったことは明白である。

(5) 加えて、共済会規定は、表面は嵐山タクシー第一共済会となっているが、第一章以降全て嵐山タクシー共済会となっており、単に嵐山タクシー労働組合の共済会規定をそのまま表題だけ書き換えて提出したものであることは明か(ママ)である。

(6) 組合結成大会で選出されたという嵐山タクシー第一労働組合の執行部役員の半数以上に誤字があり、単なるワープロミスでは説明がつかないものである。

(7) また、里村健男など、平成一一年一月二一日付で「脱退届」を作成したことを否認する者もいる。

(8) そもそも、瀬戸が自らの力で実現させたかのように自負する労働環境・労働条件の改善は、会社自らの経営努力と従業員への配慮の結果に過ぎない。

(9) いずれにせよ、平成一一年一月二一日、「エリー」に瀬戸を含む会社従業員が集った事実は窺われるものの、当日の午後三時二七分に一五名のオーダーがあったことを示す「エリー」の注文票(<証拠略>)からも明か(ママ)なように、瀬戸が主張する組合結成大会が開催された午後一時から午後二時三〇分に、瀬戸が主張する二〇名が同所に集った事実を疎明する客観的疎明資料は存在しない。

(三) いうまでもなく、本件解雇後、瀬戸の呼びかけに応じて、瀬戸の主張するような嵐山タクシー第一労働組合が徐々に団体性を備えてきたことがあるとしても、少なくとも本件解雇時においては、(二)記載の事実が認められるのであるから、嵐山タクシー第一労働組合なるものは、平成一一年一月二一日に結成されていたとは到底認めることはできない。

2  瀬戸の平均給与の算定について

(債権者の主張)

(一) 会社の給与は、前月二一日から当月二〇日までの分を、当月二七日に支払う月給制である。

(二) 平均給与の算定にあたっては、常態的に勤務がなされた直近の三か月の支給額を基礎とすべきであり、平成一一年一月は、組合問題の混乱で殆ど常態的な就業ができなかったので除かれるべきである。

そうすると、平成一〇年一〇月分、一一月分、一二月分の三月の平均支給額が仮払金の相当額となる。

(三) 因みに、右三月の平均支給額は二五万三六八〇円であり、その明細は次のとおりである。

(1) 基本給 一二万四五〇〇円

(2) 歩合給 七万四三〇〇円

(3) 残業手当 一万八二〇〇円

(4) 深夜手当 八六八〇円

(5) 無事故手当 六五〇〇円

(6) 精勤手当 一万一〇〇〇円

(7) 有給手当 三五〇〇円

(8) 交通費 七〇〇〇円

(債務者の主張)

(一) 瀬戸は、日報によれば、平成一一年一月二一日まで就業している。

(二) そうだとすれば、仮に仮払いが認められるにせよ、平成一〇年一一月、一二日及び平成一一年一月の三月の平均給与がその算定の基礎となるべきである。

(三) 因みに、瀬戸は、「正常化推進委員会」を中心とした会社従業員による臨時定期大会の開催にも応じていないから、組合活動に忙殺されて常態的に就業ができなかったというようなことはない。また、組合問題で会社従業員間に混乱が生じ、就労できなかったという事実も存在しない。

(四) したがって、平均賃金を算定する基礎には、平成一一年一月分が含まれる。

(五) 以上を前提にすると、瀬戸の平均賃金月額は、二〇万九五〇円であり、これ以上の仮払金を認めることは相当でない。

第三当裁判所の判断

一  争点1について

1  嵐山タクシー第一労働組合の実体形成過程に関しては、その結成が会社や嵐山タクシー労働組合に対し隠密裡に行われたものと主張され、結成後もなお後難を懸念して結成大会における協議内容の資料は開陳できない状況にあるとして具体的な団体形成過程が明か(ママ)にされず、提出された資料だけではその形成過程の詳細をうかがうことは困難であり、組合結成大会に出席したと主張する参考人の陳述などを慎重に考慮しても、会社代理人が適確に指摘するように、陳述は、ある部分では相互に矛盾したり、他の部分では記憶違いのためか明らかに客観的な資料と違う部分も認められ、果たして労働組合としての実体形成が平成一一年一月二一日を期に画然となされたのか、疑われるのももっともな資料状況にある。

2  しかしながら、瀬戸、玉口美代治、田中重治及び桐山圭子らの各審尋結果並に(ママ)特に(証拠略)等によれば、瀬戸が、平成一〇年六月第二三期嵐山タクシー労働組合の執行委員長に選任されたこと、しかるに、第二三期嵐山タクシー労働組合組合執行部役員間には、瀬戸の、会社が嫌がることでもどんどん要求する組合運営方針に全面的に服従しない副執行委員長中塚らとの間の修復しがたい亀裂を中心に厳しい反目が生じ、中塚らが瀬戸を通さずして会社と連絡交渉を行うなどのことがあったことなどから、瀬戸はかかる事態を労働組合の統制権の侵害と捉えて中塚らを一方的に解任し、これにより会社と良好な関係を維持しながら組合活動を行うことを組合運営の基本方針とした前執行委員長向井を中心とした「正常化推進委員会」との間に決定的な対立が生じてしまったことなどが一応認められ、遅くともリコールが成立した後は、瀬戸が、もはや自分の是とする労働組合の活動を嵐山タクシー労働組合に託すことが困難になったと自認するに至ったことは推認するに難くない。また、リコール成立後、嵐山タクシー労働組合の執行委員に選任された吉田光夫(その後辞任)の「(リコールされた後)瀬戸さん達は、労働者のためになる組合をつくるべく、嵐山タクシー労働組合を脱退して、新組合を作りました。そうしたところこともあろうに、会社は、瀬戸さんを解雇してしまいました。組合員のために一生懸命に活動する瀬戸さんが別組合を作って会社に対抗することをこころよく思っていなかったのだと思います。私は瀬戸さんが解雇されたことに非常に驚きました。瀬戸さんは、非常に行動的な人で組合員のために会社に要求する人でした。」との陳述は、瀬戸の右対立に対する認識は単なる瀬戸一人の独りよがりではなく、瀬戸と、向井を中心とする「正常化推進委員会」との間に、どのような労働組合活動ないし運営が「労働者のためになる組合」なのかについての争いがのっぴきならない状態で生じており、この運営方針を巡る争いは他の組合員の目にも明らかになっていたこと、そしてこれが他ならぬ瀬戸と向井を中心とする「正常化推進委員会」との間の対立の主たる原因であったことを十分に窺わしめるものといわなければならない。

そうだとすれば、嵐山タクシー労働組合を構成する多数の組合員の意識においてどうであるかは別とするも、瀬戸が、よしんばそれが独善と非難されるものであるにせよ、嵐山タクシー労働組合をもはや組合員の切実な要求に耳を貸さない労働組合と認識し、労働者としての権利と利益擁護を託せなくなったとして、これから脱退し、組合員の切実な要求に耳を貸す新しい労働組合を結成しようと決意したという主張を、何らの根拠もない、独り己が保身のためになされた虚言というわけにはいかない。

3  もっとも、嵐山タクシー第一労働組合の結成は、債権(ママ)者代理人が主張するように、普通認められる通常の労働組合結成の経過を経ていない。したがって、かかる観点からは、瀬戸が主張するように平成一一年一月二一日の結成大会で平常時に設立される労働組合と名実ともに同様の手続によって労働組合が成立したとは認められない。疎明資料から窺うことのできる状況は、リコールされた瀬戸は、当該リコールを会社の意を受けた向井らの主導でなされた無効のものと認識しており、なお、嵐山タクシー労働組合の執行委員長に留まって「労働者のためになる組合」を運営していくという選択肢と、リコールを受け入れ、嵐山タクシー労働組合とは決別し、これとは別に新組合結成のために賛同者をリクルートして新組合を旗揚げし、これに依拠しながら「労働者のためになる組合」活動をするという選択肢のいずれかを選ばざるを得ない状況下にあったことが認められ、ここにおいて、瀬戸は、後者を選択し、会社や嵐山タクシー労働組合からの干渉や妨害をできるだけ回避しようとして隠密裡に新組合結成についての賛同者をリクルートし、新労働組合の組織構成については嵐山タクシー労働組合の規約を基本的に踏襲することとして組織・機関・運営方法については殆ど変化修正がないことを前提に、ただ、「労働者のためになる組合」を積極果敢に進めることを確約することで、向井らを中心とする嵐山タクシー労働組合の運営に不満を持つ従業員の賛同を一人、二人と獲得していった経緯が窺われ(特に、玉口美代治、田中重治及び桐山圭子の各陳述参照)、平成一一年一月二一日の「エリー」における会合は、これら賛同者が三々五々に集合し、できるだけ一同に会して顔合わせができるようにするとともに、持ち回り的にせよ、瀬戸の新組合結成に関する右基本方針を大枠として承認したいわゆる決起集会的な会合と認めることができる。

そうだとすれば、平常時の労働組合結成に見られる明確な大会運営がなされたとは到底いえないものの、平成一一年一月二一日の「エリー」における会合は、各参加者において、嵐山タクシー労働組合から脱退し、新しい労働組合である嵐山タクシー第一労働組合を結成する最終的意思の確認の場であったと評することができる。いうまでもなく、労働組合は団体として存在し、団体が団体である最小限度の要件は人と人の結合があるところに認められ、右のように団体結成賛同者が顔を合わせあるいは加入者名簿への署名によって加入者が誰であるかを相互に確認するとともに、新団体結成に関する基本方針を大枠として承認したと認められる以上は、ここに団体成立の必要最小限度の加入者各人の継続的に結合する意思の存在は十分に認められる。いうまでもなく、労働組合の結成は人間らしい条件で働くことを使用者に求める労働者の必然的要求に根ざしており、働かなければ生きていけない労働者が人間らしい条件で働くことを使用者に求めるため、同じ立場・状況にある労働者として団結するものであり、右目的を達成するために団結すること、団結を維持し、日常諸活動を行い、団体交渉をし、団体行動を行うことをもとより不可分な内容として包含している。法は、主として組合の民主性を確保する見地から、組合規約の内容についての若干の事項を法定しているが、その要件を充たさないいわゆる御用組合について、労働組合法に定める労働委員会による不当労働行為の救済を与えないため、同委員会の資格審査制度を設けてはいるが、結成そのものについては、特段の法的規制をしてはいない。

以上から明か(ママ)なように、平成一一年一月二一日の「エリー」における会合の参加者は、前記認定の方法で組合規約を承認し、当該組合に加入する意思を表明することによって、新しい労働組合として嵐山タクシー第一労働組合を結成したと認めることができる。

4  ところで、本件ユニオン・ショップ条項の適用の是非を考えるに、その前提として、ユニオン・ショップの根拠をどこに求むべきか、問題となる。

いうまでもなく、およそ組織的団体においては、一般に、その構成員に対し、その目的に即して合理的な範囲内での統制権を有するのが通例であるが、憲法上、団結権を保障されている労働組合においては、その組合員に対する組合の統制権は、一般の組織的団体のそれと異なり、労働組合の団結を確保するために必要であり、かつ、合理的な範囲内においては、労働者の団結権保障の一環として、憲法二八条の精神に由来するものということができる。この意味において、憲法二八条による労働者の団結権の保障の効果として、労働組合は、その目的を達成するために必要であり、かつ、合理的な範囲において、その組合員に対する統制権を有するものと解される(昭和四三年一二月四日最高裁大法廷判決刑集二二巻一三号一四二五頁以下参照)。

5  本件ユニオン・ショップ条項も、かかる労働組合の組合員に対する統制権を根拠として、会社に労働組合が労働組合から除名されもしくは脱退した者を解雇するよう義務付けることによって、自らの組織をより強固ならしめ、ひいては労働者の団結権の保障を強固ならしめようとするものであり、例えば、労働組合の存立を危うくするなど重大な非違行為を犯すことによって除名されるに至った者や、専ら組合員としての義務を免れるため脱退し、ただ、労働組合の努力の成果だけを反射的に享受せんとする不当利得者(いわゆるフリーライダー)、あるいは、個人的に会社と取引をして一人利益を享受し労働者の団結を損なうような者に対して、労働組合の統制権の、会社を通じての発動として解雇を要求するような場合は、合理的範囲に属するものとして、その効力を否定することはできないものと考えられる。

6  ところで、本件解雇は、法形式上は本件ユニオン・ショップ条項に基づいてなされたものであるが、瀬戸の組合脱退は、前記のとおり組合運営の方針を巡る争いによって組合内部に混乱が生じ、組合を脱退して、新しい理念のもとに新組合を結成した段階で発動されたものであって、瀬戸らの立場を法的に評すれば労働者の団結権の行使の一態様と目されるものであって、その限りにおいて正当な行為であることに異論はなく、ユニオン・ショップ条項が団結権擁護のためにこそその合法性が承認されているとの前記理解を前提とすれば、瀬戸の組合脱退は、労働者として新しい団結を志向してなされたものと認められるのであるから、これにユニオン・ショップ条項を適用することはまことに背理といわなければならない。

その他、本件においては、ユニオン・ショップ条項の適用が合理的だと想定されるケースに瀬戸の組合脱退が該当するとの主張も、疎明もない。

もとより、リコールにみられる嵐山タクシー労働組合の執行部内部の混乱について瀬戸に責任が全くないとはいえないかもしれないが、瀬戸が組合脱退届を嵐山タクシー労働組合に提出したところ、同労働組合執行部は、これを直ちに執行委員会の協議にかけ、何らの留保なく受理しているところであって、このことから明らかなように、嵐山タクシー労働組合執行部自体においても瀬戸の一連の行動は、労働組合の存立を危うくするなど重大な非違行為に該当するとは評していないのである。

7  したがって、瀬戸の実体形成に関する主張は、あたかも、平常時の労働組合結成手続におけるのと同様の手続が取られたと解されるような主張をしている部分については、これをそのまま措信することは困難であるが、瀬戸の組合脱退は新しい労働組合結成のためになされたものと認められ、前記のようにユニオン・ショップ条項の適用は合理的範囲に限定さるべきであり、かつ、本件解雇はユニオン・ショップ条項を適用して解雇できるケースにも該当しないのであるから、会社が、本件ユニオン・ショップ条項を根拠に瀬戸を解雇することは、解雇権の濫用として無効といわなければならない(平成元年一二月一四日最高裁判決民集四三巻一二号二〇五一頁以下参照)。

二  争点2について

1  前記争いのない事実等、(証拠略)と審尋の全趣旨によると、会社従業員の賃金は、前月二一日から当月二〇日までを一賃金計算期間とし、これを当月二七日に支給するようにしていたこと、本件解雇前の三か月(平成一〇年一一月、一二月及び平成一一年一月)の平均月額賃金は二〇万九五〇円であり、本件解雇前で中塚進解任(平成一〇年一二月一〇日)に端を発した組合問題が顕在化する前の三か月(平成一〇年一〇、一一月及び一二月)の平均月額賃金は、二五万三六八〇円であること、瀬戸の収入は、会社から支払われる賃金のみであり、瀬戸は単身者で扶養家族はいないこと、衣食住の必要費と生命保険料金・車の維持費等の経費として月額最低二二万三〇〇〇円を必要とすると主張していることなどが一応認められる。

2  前記認定の組合混乱の原因ないし経緯、会社と嵐山タクシー労働組合は争議行為中ではなかったこと、瀬戸の生活状況、瀬戸が賃金収入を失うことによって予想される当面の困窮度など本件審理にあらわれた諸般の事情を総合考慮すると、一か月二〇万九五〇円の割合による賃金の仮払いを瀬戸に受けさせる必要があるというべきであり、右認定の限度を超える賃金の仮払いを求める申立て部分は、必要性について疎明がない。

3  また、本件は一般的に本案訴訟においては長期化が予想される労働事件であり、本案判決確定まで賃金仮払いを命じるいわゆる満足的仮処分の効力を維持させることは、仮処分の暫定的性格にそぐわないことから、本件にあっては、瀬戸が本件仮処分命令の申立てをした後である平成一一年二月から、本案の第一審判決の言渡しまでの限度で認容するのが相当と認められる。

4  よって、本件賃金仮払いにかかる申立ては右の限度で理由があるから、その限度で認容すべきであり、その余の部分は理由がないから、却下すべきである。

第四結論

以上から、本件申立ては、前記の限度で理由があるからこれを主文の限度で認容し、その余は理由がないから却下することとし、事案の性質に鑑み、債権者に担保を立てさせることなく、申立て費用の負担については民事訴訟法六一条、六四条ただし書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 山野幸雄)

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